石垣島の桃林寺と権現堂|八重山最古の寺、仁王像と旧宮良殿内の歴史さんぽ

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石垣島・桃林寺の隣に建つ朱塗りの権現堂

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石垣市街地の北側、住宅地のなかに桃林寺(とうりんじ)があります。1614年に建てられた八重山でいちばん古い寺で、山門には県内に残るなかで最古の仁王像が立ち、隣には国の重要文化財の権現堂(ごんげんどう)があります。さらに南東へ歩くと、王府から何度も建て替えを命じられた士族の屋敷旧宮良殿内(みやらどぅんち)。この記事では、石垣市教育委員会の文化財資料をもとに、離島ターミナルから歩いて回れる3か所の見どころと順番をまとめます。

桃林寺|1614年創建、八重山で最古の寺

石垣市の文化財資料によると、1611年に八重山の検地を行った薩摩藩が、琉球の尚寧王に寺社の建立を進言しました。それを受けて1614年に権現堂とともに建てられたのが桃林寺で、八重山の寺社建立の始まりとされています。宗派は臨済宗妙心寺派、山号は南海山。石垣市観光交流協会の案内では、開山は鑑翁西堂で、当初は真言宗だったものが禅宗に移り、現在の宗派になったと紹介されています。

いまも地域の寺として使われている場所です。境内では大きな声や、法要の様子を無断で撮ることは避けましょう。

山門の仁王像は1737年作、明和の大津波から戻った

山門に向かって右が口を開いた阿形の「密迹力士」、左が口を閉じた吽形の「金剛力士」です。密迹力士の背中に刻まれた銘から、1737年に久手堅昌忠を中心に川平正肖・小浜当明が制作したことが分かっています。材は島産のオガタマノキで、寄木づくりに色を塗った木彫りです。

1771年の明和の大津波で桃林寺も大きな被害を受け、仁王像は流されました。ところが島の西側の崎枝海岸に流れ着き、手足が壊れた状態でしばらく蔵元に保管されたのち、大浜善巧(1768〜1835年)によって修理されたと伝わります。1993年10月から翌年11月には京都で本格的な保存修理が行われました。現存するものでは沖縄県内で最古の仁王像で、1956年2月22日に県の有形文化財に指定されています。

琉球石灰岩の石垣に開いた朱塗りの権現堂の表門
権現堂の表門。石垣の奥に拝殿と神殿が一直線に並ぶ

権現堂|県内でただひとつ残る近世の寺社建築

桃林寺の隣にある権現堂は、桃林寺と同じ1614年の創建で、熊野権現をまつる社です。敷地は南西を向き、切妻造の表門(薬医門)、拝殿、神殿が一直線に並ぶつくり。神殿は大棟の中央に火焔宝珠、両脇に竜頭をのせ、細かな部分の装飾に特色があります。

創建時の社殿は1771年の明和の大津波で壊れ、1786年に再建されたのが現在の建物とされます。ただし表門と拝殿は、1882年の神殿改修のときに建て替えられた可能性も指摘されています。戦争で大きく傷んだのち1947年に修復され、1985年と2008年にも修復を重ねてきました。戦災で古い建物の多くを失った沖縄県内で、唯一残る近世の寺社建築として、1981年6月5日に国の重要文化財に指定されました。御神体の宝鏡は、県内で鋳造されたもので最古(1772年)と伝わります。

表門の正面に立つと、門の奥に次の建物の瓦屋根がのぞきます。門から奥へ一直線に建物が続く配置は、正面から見るといちばんよく分かります。

旧宮良殿内|王府に建て替えを命じられた士族の屋敷

桃林寺から南東へ直線で約500mの大川178にあるのが旧宮良殿内です。市の資料によると、松茂姓8世の當演が宮良間切の頭職に任じられたことを記念して1819年に建てたとされ、首里の上級士族の屋敷を模したといわれます。本瓦葺の四脚門を入るとヒンプン(目隠しの塀)があり、その奥の中門の扉は、旧盆の祖霊の送り迎えや葬儀の出棺、嫁を送り出すときにしか開けないものでした。主屋の材はほとんどが島産のイヌマキで、一番座と二番座の間の戸には屋久杉の一枚板が使われています。

琉球王府の時代は、身分によって家のつくりに決まりがありました。宮良殿内はその決まりを超えて建てたため、王府から何度も建て替えを命じられます。当主はすぐには従いませんでしたが、1875年ごろに茅葺きへ改め、王府がなくなった後の1900年に瓦葺きに戻したと伝わります。

庭園は国の名勝です。首里の庭師・城間親雲上の設計指導によるとされ、琉球石灰岩で五つの築山を北から南へ少しずつ低く築き、二と三の築山の間に水を使わない滝(枯滝)を落として石橋を架けています。建物(重要文化財)と庭園(名勝)は、どちらも1972年5月15日の指定です。

石垣市観光交流協会の案内(2019年6月更新)では、見学は9時〜17時、火曜と年末年始が休み、観覧料は大人200円・小中高生150円、駐車場はありません。情報が古いため、訪ねる前に石垣市教育委員会 文化財・市史編集課(0980-83-7269)へ問い合わせておくと確実です。

歩いて回る順番と距離の目安

国土地理院の住所検索で位置を出し、地図上の直線距離を測ると、3か所と八重山博物館、離島ターミナルは1km強の範囲に収まります。実際に歩く道のりは直線より長くなるので、表の距離は目安として見てください。

区間 直線距離の目安 ひとこと
離島ターミナル → 桃林寺・権現堂 約1.1km いちばん遠い北端から歩き始めると、帰りが楽
桃林寺 → 旧宮良殿内 約500m 大川178。見学可否は事前に確認
旧宮良殿内 → 八重山博物館 約330m 登野城4-1。月曜・祝日休館
八重山博物館 → 離島ターミナル 約480m 船の時間までの寄り道に

おすすめは、北端の桃林寺から南へ下る順番です。最後に寄る石垣市立八重山博物館は、9時〜17時(入館は16時30分まで)、毎週月曜・祝日・12月29日〜1月3日が休館、観覧料は大人200円・生徒学生100円・小学生以下無料です(市の利用案内)。月曜に予定するなら、博物館は外して桃林寺と旧宮良殿内だけにしましょう。

見どころが市街地にまとまっているので、市街地か離島ターミナルの近くに泊まる日なら、朝の涼しい時間や、離島へ渡る船を待つ空き時間に組み込めます。

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まとめ

桃林寺は1614年創建の八重山最古の寺で、山門には1737年作・県内最古の仁王像が立っています。隣の権現堂は1786年再建とされる社殿で、沖縄県内に唯一残る近世の寺社建築。そこから約500m南東の旧宮良殿内は、王府の決まりを超えて建てた1819年の士族屋敷と、五つの築山をもつ庭園が見どころです。北端の桃林寺から南へ下り、八重山博物館を経て離島ターミナルへ戻れば、半日ほどの歴史さんぽになります。旧宮良殿内の見学時間は、訪ねる前に市へ確かめておきましょう。

参考・出典(公式サイト)

※ 情報は変更される場合があります。おでかけ前に公式サイトで最新情報をご確認ください。(最終確認:2026年10月)

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