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竹富島の集落を歩いていると、木立の手前に小さな鳥居が立っている場所に何度も出会います。これが御嶽(うたき)で、竹富島ではオンとも呼ばれる島の聖域です。竹富町が観光庁の多言語解説文データベースに載せている解説によると、竹富島には御嶽が28か所あり、島の祭りはこの御嶽を中心に行われています。この記事では、御嶽とはどんな場所か、主な御嶽に伝わる由来、旅行者が守ることを、竹富町の解説と文化庁・竹富町観光協会の案内をもとにまとめます。
早見表|竹富島の御嶽
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 呼び方 | 御嶽(うたき)。竹富島ではオンとも呼ぶ |
| 数 | 島内に28か所 |
| 見分け方 | 多くは参道の前に鳥居がある。鳥居から先は聖域 |
| 六山(ムーヤマ) | 玻座間御嶽・仲筋御嶽・幸本御嶽・久間原御嶽・花城御嶽・波利若御嶽 |
| 島の元御嶽 | 清明御嶽(島造りの神シンミンガナシと山造りの神オモト神を祀る) |
| 県の史跡 | 西塘御嶽 |
| 種子取祭の場 | 世持御嶽(火の神と農耕の神を祀る) |
| 旅行者のルール | どの御嶽にも立ち入らず、鳥居の外から眺める |
御嶽はどんな場所か
竹富町の解説では、御嶽は「島民が大切にしている聖域」で、神事はカンツカサと呼ばれる女性の司祭を中心に行われ、「伝統的に男性は入ることを許されていません」とされています。島の人たちは山や木、雨といった自然の神を大切にし、健康や繁栄、航海の安全、豊作を祈ってきました。
本土の神社やお寺と違うのは、建物がほとんどないことです。解説によると、沖縄の信仰の場には、白い砂を敷いたメーと呼ばれる空き地と、石が置かれたイビと呼ばれる祈りの場所があります。木立と石だけに見える場所でも、島の人にとっては神のいる場所です。
鳥居が「ここから先は聖域」の目印
竹富島の御嶽の多くは、参道の前にある鳥居で見分けられます。解説によると、この鳥居は日本の神道教育が入ってきてから建てられたものですが、結界の役割をしているので「鳥居より先は神聖な場所とお考えください」とされています。集落で鳥居を見かけたら、くぐらずに道から眺めるだけにしましょう。
主な御嶽と伝わる話
28か所のうち、竹富町の解説で由来が紹介されている御嶽を取り上げます。
清明御嶽|島の元御嶽
伝説では、竹富島は島造りの神シンミンガナシが造り、山造りの神オモト神と力を合わせて石垣島や八重山の島々を造ったとされています。この2つの神を祀るのが清明御嶽で、島の元御嶽とされています。雨乞いの儀式もここで行われ、旧暦8月初めごろの結願祭では「始番」「芋堀狂言」などの芸能が奉納されます。
シンミンガナシが降り立ったと伝わるのが東パイザーシ御嶽で、解説では「竹富島のはじまりとなる場所」とされています。
西塘御嶽|神になった島の英雄
西塘(にしとう)は竹富島出身の人物で、1500年のオヤケアカハチとの戦いのときに琉球王府軍の総大将に見いだされ、王府に仕えました。いまは世界文化遺産に登録されている園比屋武御嶽石門の建立(1519年)や、首里城の城壁の修復も手がけたと言われ、石工として大成します。
1524年に八重山を治める役職の官位を授かって竹富島に戻り、カイジ浜に蔵元(役所)を置いて八重山を統治しました。のちに蔵元は石垣島へ移されます。西塘の屋敷があった場所に、西塘を慕う配下が墓を造り、その墓が御嶽になりました。西塘は島の守り神として祀られ、西塘御嶽は沖縄県の史跡に指定されています。
世持御嶽|種子取祭の舞台
世持御嶽は火の神と農耕の神を祀る御嶽です。この場所には、竹富村ができた1914年(大正3年)から1938年(昭和13年)まで役場が置かれていました。島で最大の祭り種子取祭(タナドゥイ)では、ここで芸能が奉納されます。解説によると、世持御嶽のまわりは拝所が集まった聖域になっているため、昔からの森が残されています。
美崎御嶽|旅人を守る神
美崎御嶽は航海安全・海上平安の神として崇められています。島の人たちは、旅の安全と無事の帰郷を祈ったり、海の恵みのお礼をしたりしてきました。解説によると、御嶽の先にあるミシャシ海岸は1932年まで御用船の主な港として使われていました。
六山(ムーヤマ)|島の氏神をまつる6つの御嶽
竹富島には六山(ムーヤマ)と呼ばれる6つの御嶽があります。玻座間御嶽・仲筋御嶽・幸本御嶽・久間原御嶽・花城御嶽・波利若御嶽で、氏神や、氏神が招いた神が祀られています。竹富町の解説では、このうち3つに祀られている神が紹介されています。
- 久間原御嶽(クマーラオン):沖縄島から渡ってきたと伝わる久間原発金殿。木の神・山の神。
- 花城御嶽(ハナックオン):沖縄島から渡ってきたと伝わる他金殿。海の神。「タキンドゥン」という古い呼び名が、竹富島の名前の由来とも伝えられています。
- 波利若御嶽(バイヤオン):徳之島から渡ってきたと伝わる塩川殿。雨の神。
旅行者が守ること
竹富町の解説は、御嶽を紹介するたびに「すべての御嶽は神聖な場所ですので、立ち入りはご遠慮ください」(美崎御嶽と六山では「むやみに立ち入らないでください」)と注意を添えています。島を訪れる人に向けたルールの6つ目も「御嶽(オン)は神聖な場所です。むやみに立ち入らないように、失礼のないように」です。
この解説をふまえて、当サイトからは次の点をおすすめします。
- 鳥居をくぐらない。見学は道からにします。
- 石や木、供え物には触れないでおく。
- 祈りの最中に出会ったら、静かにその場を離れる。種子取祭は見学できますが、竹富町観光協会は「その時の状況によって見学ができない場合もあります」としています。
- 集落全体のルールも守る。家の石垣の内側に入らない、水着や半裸で歩かない、ごみは持ち帰る、花や貝を採らない、と同じ解説にあります。
竹富島には、島の人たちが1986年に定めた竹富島憲章があり、「売らない・汚さない・乱さない・壊さない・活かす」の5つを掲げています。5つ目の「活かす」は、伝統的な祭事行事を島民の心の支えとし、民俗芸能や地場産業を活かして島の振興を図るというものです。御嶽を大切にすることは、この島の暮らしそのものを大切にすることにつながります。
竹富島への行き方と入島料
竹富島へは、石垣港離島ターミナルから安栄観光と八重山観光フェリーの高速船で10〜15分、大人の運賃は片道970円・往復1,880円です(安栄観光・燃料油価格変動調整金を含む)。2026年10月からの冬ダイヤでは、竹富発の最終便は2社とも17:50です。竹富港から集落までは、竹富町観光協会のよくある質問で徒歩約15分とされています。
竹富島では入島料(お一人様300円)を集めています。竹富島地域自然資産財団によると、券売機は石垣港離島ターミナル(4番・5番乗り場の間)と竹富東港のかりゆし館にあり、集まったお金は島の自然環境の保全などに使われます。
集落の朝や夕方の静かな時間に御嶽のまわりを歩きたいなら、島に泊まるのも一つの方法です。
まとめ
竹富島の御嶽(オン)は島に28か所ある聖域で、多くは参道の前の鳥居が目印です。島の元御嶽とされる清明御嶽、島の英雄を祀る西塘御嶽(沖縄県の史跡)、種子取祭の舞台になる世持御嶽、旅人を守る美崎御嶽、氏神をまつる六山など、それぞれに由来があります。御嶽はすべて立ち入らず、鳥居の外から眺めるのが島のルールです。集落を歩くときは、鳥居の手前で足を止めて道から眺めてください。
参考・出典(公式サイト)
- 観光庁 多言語解説文データベース|オン(御嶽):神々の聖域(竹富町)
- 観光庁 多言語解説文データベース|遺産の保護に努める島(竹富町)
- 文化庁 文化遺産オンライン|竹富島の種子取
- 竹富町観光協会|よくあるご質問
- 竹富島地域自然資産財団|入島料
- 安栄観光|時刻表・運賃
- 八重山観光フェリー|運航状況・時刻表・運賃表
※ 情報は変更される場合があります。船の時刻・運賃、入島料は各公式サイトでご確認ください。(最終確認:2026年10月)
