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竹富島の集落に足を踏み入れると、赤瓦の屋根、屋根の上のシーサー、サンゴの石垣、白い砂の道が続きます。この景観は偶然残ったものではなく、国の重要伝統的建造物群保存地区としての保護と、島民が1986年に定めた竹富島憲章によって守られてきたものです。この記事では、文化庁・沖縄県・竹富町・竹富町観光協会・竹富島ゆがふ館の公式資料をもとに、集落を歩くときに目に入る一つひとつの要素にどんな意味があるのか、そして竹富島以外の黒島・小浜島にも残る集落の見どころをまとめます。
竹富島の集落は国の重要伝統的建造物群保存地区|日本に130地区、沖縄では2つだけ
文化庁の一覧(2026年9月閲覧)によると、重要伝統的建造物群保存地区は43道府県107市町村の130地区。沖縄県では渡名喜村渡名喜島(2000年5月25日選定)と竹富町竹富島(1987年4月28日選定・38.3ha)の2地区だけで、どちらも種別は「島の農村集落」です。竹富町観光協会は竹富島の保存地区を「集落には白砂の道がはしり、石垣と屋敷林に囲まれた屋敷に赤瓦屋根の民家が立ち並ぶ昔ながらの農村集落景観を残しています」と紹介しています。
文化庁の解説文は、竹富島の家のつくりをこう説明します。屋敷は珊瑚礁のグック(石垣)に取り囲まれ、その中心に居室・寝室としてのフーヤ(主屋)が建ち、西隣に炊事棟のトーラが置かれる。家屋は木造(貫屋造)・平屋で、屋根は琉球赤瓦葺き漆喰塗りまたは茅葺の寄棟、外壁は木板張り・木板雨戸、そして軒の深さと低さが特徴。集落を歩くときは、この「グック・フーヤ・トーラ・赤瓦・低い軒」を探すだけで、一軒一軒がどう建てられているか読み取れるようになります。

集落で目に入る7つの要素とその意味
1. 赤瓦の屋根|憲章に「屋根は赤瓦を使用する」と書かれている
竹富島憲章の「美しい島を守る」の章には、「建物の新・改・増築、修繕は、伝統的な様式を踏襲し、屋根は赤瓦を使用する」と明記されています。新しく建てる家も赤瓦。文化庁の解説にある「琉球赤瓦葺き漆喰塗り」のとおり、瓦と瓦の間は白い漆喰で固められ、赤と白のコントラストが竹富島らしい屋根をつくります。
2. 屋根の上のシーサー|魔物を追い払う獅子
沖縄県の公式ページは、シーサーを「ライオン=獅子」と説明し、「屋根や門の上から魔物を追い払っています」としています。13〜14世紀に中国から沖縄に伝わったといわれ、口を閉じているのがメス、口を開けているのがオスとされます。屋根の上だけでなく、玄関や門の上、村の入口や高台に置かれるものもあります。竹富島の家の屋根には、一つひとつ表情の違うシーサーが座っています。

3. サンゴの石垣(グック)|サンゴ石灰岩の野面積み
屋敷を囲む石垣は、島の言葉でグックと呼ばれます。竹富島憲章は「屋敷囲いは、サンゴ石灰岩による従来の野面積みとする」と定めており、石を加工せずに積み上げる昔ながらの積み方が今も基本です。
4. 白砂の道|年2回、海砂をまく
集落の道が白いのは、憲章に「道路、各家庭には、年二回海砂を散布する」とあるとおり、海の砂を人の手でまいているからです。竹富島ゆがふ館は訪問者に「美しい『まちなみ』や箒目の入った『白砂の道』、あの有名な『ビーチ』だって島の人の努力できれいに保たれています」と伝えています。朝の集落で見る箒目は、その日の掃除の跡です。
5. 屋敷林(フクギなど)|台風と火事から家を守る
石垣の内側に茂る木々は、景観のためだけではありません。沖縄県の公式ページによると、沖縄ではかつて家の周りを取り囲むようにフクギを植え、「台風や、火事が広がるのをふせぐため」の防風林・防火林としてきました。まっすぐ育ち、固い幹と分厚い葉をもつフクギは、その役目にぴったりの木です。憲章にも「樹木は、伐採せず植栽に努める」とあります。
6. マイヤシ(門の目隠し)|フーヤの正面に立つ石積み
門を入るとすぐ正面に立つ石積みの壁がマイヤシです。竹富町観光協会は国指定重要文化財の旧与那国家住宅(2007年12月4日指定)を「『ふーや』の正面には、石積の『まいやし』が建ち、宅地周囲に『ぐっく』と呼ぶ石垣を巡らせている」と紹介しています。外から家の中が直接見えないようにする目隠しで、小浜島の大盛家住宅ではこの目隠し塀が「ヒンプン」と呼ばれ、主屋・石垣・井戸とともに登録有形文化財になっています。
7. フーヤとトーラ|住まいと台所を分ける「分棟型」
主屋のフーヤと台所棟のトーラを別棟で並べる分棟型が、竹富島の伝統的な住まいの形です。旧与那国家住宅(字竹富536)はこの分棟型を今に伝える建物で、フーヤは沖縄の伝統的な間取りをもちます。
景観を守る「竹富島憲章」|1986年に島民が決めた5つの原則
竹富島憲章は、昭和61年(1986年)3月31日に「竹富島住民の総意に基づき」制定されました。前文では、島の合言葉「かしくさや うつぐみどぅ まさる」の心で島を生かす方策を講じると宣言し、「保全優先の基本理念」として次の5原則を掲げています。
- 「売らない」島の土地や家などを島外者に売ったり無秩序に貸したりしない。
- 「汚さない」海や浜辺、集落等島全体を汚さない。また汚させない。
- 「乱さない」集落内、道路、海岸等の美観を、広告、看板、その他のもので乱さない。
- 「壊さない」由緒ある家や集落景観、美しい自然を壊さない。また壊させない。
- 「生かす」伝統的祭事行事を、島民の精神的支柱として、民俗芸能、地場産業を生かし、島の振興を図る。
旅行者に関わる条文もあります。「観光客のキャンプ、野宿は禁止する」「集落内で水着、裸身は禁止する」「集落内において車輌は、常に安全を確認しながら徐行する」と定められ、観光関連業者の心得には「消灯は、23時とする」とあります。集落は住民の生活の場であり、御嶽など立ち入ってはいけない場所については八重山でやってはいけないことにまとめています。
2019年9月1日からは、地域自然資産法にもとづく入島料300円の収受が始まりました。ユーグレナ石垣港離島ターミナルと竹富東港の「かりゆし館」に設置された券売機で支払い、島の自然・祭事・習慣・伝統工芸や町並みを未来へ残す環境保全活動に使われます(事業実施主体は竹富町、活動実施主体は一般社団法人竹富島地域自然資産財団)。
竹富島だけではない|黒島・小浜島の集落と「火番盛」
赤瓦とグックの集落は竹富島だけのものではありません。黒島の集落にも赤瓦の民家とサンゴの石垣が続き、東筋集落の神山家住宅は「元は茅葺、軒を低く造る古い形式」を残す離島の古い民家として国の登録有形文化財(主屋は2005年11月10日登録)になっています。小浜島の大盛家住宅も、主屋・ヒンプン・石垣・井戸がそろって2006年8月3日に登録されました。

集落の外れで石を高く積んだ塚のような構造物に出会ったら、それが火番盛です。琉球王府時代の見張り台で、竹富町観光協会によると、黒島のプズマリという名は「高く盛り上がってる」という意味。「火番盛として船の通航を監視し、のろしを上げて通報したりした」場所だと説明されています。竹富島の小城盛(クスクモリ)、新城島のタカニクなどとともに、2007年3月23日に国の史跡「先島諸島火番盛」に指定されました。
集落散策の起点|ゆがふ館・なごみの塔・種子取祭
集落を歩く前に寄りたいのが、竹富港から徒歩約2分の竹富島ゆがふ館(西表石垣国立公園 竹富島ビジターセンター)です。開館8:00〜17:00、休館は台風時のみ、入館無料。うつぐみをテーマにした約7分の映像について、公式サイトは「こちらをご覧いただいてから竹富島散策することをお勧めします」と案内しています。島の言葉「うつぐみ」は心のあり方を表す言葉で、沖縄全域で使われる「ユイ」「ユイマール」に近いとされます。
集落の眺めで知られるなごみの塔は、1953年に住民が憩いの場として西集落の赤山丘を公園化した際に築いた鉄筋コンクリート造の物見台で、2006年3月27日に国の登録有形文化財になりました。夕日の名所西桟橋(延長105.3m)は竹富島で最初の近代的桟橋で、2005年12月26日に登録されています。そして島の精神的支柱が、1977年5月17日に国の重要無形民俗文化財に指定された竹富島の種子取(種子取祭)。憲章の5原則の「生かす」は、この伝統的祭事行事を島民の精神的支柱として守ることを指しています。
| 項目 | 内容(公式資料) |
|---|---|
| 重要伝統的建造物群保存地区 | 1987年4月28日選定/38.3ha/種別「島の農村集落」(文化庁) |
| 竹富島憲章 | 1986年3月31日制定/売らない・汚さない・乱さない・壊さない・生かす |
| 入島料 | 300円(2019年9月1日開始)。ユーグレナ石垣港離島ターミナルと竹富東港「かりゆし館」の券売機で |
| 竹富島ゆがふ館 | 竹富港から徒歩約2分/8:00〜17:00/休館は台風時/無料 |
| 竹富島の種子取 | 国指定重要無形民俗文化財(1977年5月17日) |
| なごみの塔 | 1953年築の物見台/国登録有形文化財(2006年3月27日) |
| 西桟橋 | 延長105.3m/国登録有形文化財(2005年12月26日) |
| 旧与那国家住宅 | フーヤとトーラの分棟型/国指定重要文化財(2007年12月4日) |
集落の見方がわかったら、日帰りの回り方や泊まってこそ見える朝夕の集落については下の関連記事を参考にしてください。
まとめ
竹富島の集落は、1987年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた「島の農村集落」であり、赤瓦・シーサー・サンゴ石灰岩のグック・白砂の道・屋敷林・マイヤシ・分棟型の家という要素の一つひとつに役割があります。それを今の姿で保っているのは、1986年の竹富島憲章と、年2回海砂をまき毎朝道を掃く島の人の手です。集落を歩くときは、その手間を思い浮かべながら、憲章の「汚さない」「乱さない」を旅行者の側からも守りましょう。同じ赤瓦の集落は黒島や小浜島にもあり、火番盛や登録有形文化財の民家を目印に歩くと、同じ暮らしの工夫が島ごとにどう残っているかを比べられます。
参考・出典(公式サイト)
- 文化庁|重要伝統的建造物群保存地区一覧
- 文化庁 文化遺産オンライン|竹富町竹富島(解説)
- 竹富島ゆがふ館|竹富島憲章(全文)
- 竹富島ゆがふ館|ゆがふ館に行く(開館時間・展示)/観光で訪れる皆さまへ
- 竹富町|竹富町の文化財(指定・登録一覧)
- 竹富町観光協会|竹富町の文化財
- 竹富町観光協会|<竹富島>入島料について
- 沖縄県|伝統的な民家の風景(シーサー・フクギ)
※ 文化財の指定・登録年月日は各公式資料の掲載内容にもとづきます。施設の開館時間や入島料は変更される場合がありますので、おでかけ前に各公式サイトで最新情報をご確認ください。(最終確認:2026年9月)
